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2016年9月

2016年9月19日 (月)

戊辰戦争のさなか、蝦夷地を99年貸与を提案! 事実は小説より奇なり。

9月18日の北海道新聞の朝刊のトップ記事に、
「蝦夷地 99年貸与」「戊辰戦争」
「会津・庄内藩 資金調達で独に打診」
の見出しが躍っていた。
 
戊辰戦争のさなか(1968年)、
新政府軍と戦っていた会津・庄内両藩が、
資金を借用担保に
「蝦夷地99年貸与」を提案していたという。
 
五百旗頭薫東大教授らの研究チームが
ベルリンで発見したというのだ。
 
ちょうど、小生は
門井慶喜の「かまさん」を読んでいた。
箱館戦争の総裁・榎本釜次郎武陽の話である。
 
Kamasan
 
少しばかり、自分のための復習。
 
戊辰戦争は、1968年(慶応4年)戊辰の年に
維新政府軍と旧幕府軍の間で16ヶ月に渡り
行われた内戦。
 
①鳥羽・伏見の戦い(1968.1.3)
会津・桑名 VS. 薩長(旧幕府軍大敗)
 
②江戸城無血開城
旧幕府艦隊の引渡を要求するが、榎本は拒否。
後、主力艦「開陽丸」他3隻を引き連れ、蝦夷へ向かう。
 
③奥羽越列藩同盟
会津に、仙台・米沢などの奥羽諸藩が団結。
 
③会津戦争
若松城籠城者5235人。会津藩11月6日降伏。
 
④箱館戦争
松前藩を攻撃し、10月26日に五稜郭を占領。
「開陽丸」を江差攻略に投入するが、座礁により喪失。
12月15日、蝦夷地平定を宣言し、選挙にて総裁となる。
1969年4月9日、新政府軍は蝦夷地・乙部に上陸。
5月11日の新政府軍総攻撃で箱館市街を制圧。
箱館病院長・高松凌雲の仲介で五稜郭の旧幕府軍に、
降伏勧告を送るも、榎本らは拒否。この回答状に、
オランダから持ち帰った『海律全書』を贈る。

5月16日に榎本は責任を取り自刃しようとするが、
大塚霍之丞に制止される。
17日、榎本ら旧幕府軍幹部は黒田清隆らと降伏約定
を取り決め、18日に降伏。
 
という戊辰戦争のさなか、会津・庄内両藩は、
プロイセン(ドイツ)ドイツ宰相に「蝦夷地売却」を打診。
却下されると、「蝦夷地99年貸与」を提案。

その後、会津藩は降伏。申し出は意味のないものとなる。
 
ちなみに、蝦夷地の何処を貸与しようとしていたのか?

会津藩の領地は、現在のオホーツク(網走方面)、根室管内の一部
庄内藩の領地は、留萌、上川管内の一部 だという。
 
もし、この提案が成立していたら
1967年(昭和42年)まではドイツ領。
 
昭和42年とは、フーテン族、アングラの言葉が流行。
小田急百貨店開店。東京キー局,カラーテレビ本放送開始、
オールナイトニッポンの放送開始なんていう時代。
この年のベストセラーは、多湖輝の「頭の体操」。
 
いやいや、その前に太平洋戦争で
ドイツ人の住んでいるところに、
ロシア人が攻めてきたかも。
 
千島列島返還なんていう話があったかどうか。
北海道は、あの太平洋戦争の敗戦で
2つに分断される案もあったんだとか。
 
留萌と釧路を結んだ境界線で、
北・北海道と南・北海道に分かれていたのかも。
昔のドイツのようにね。
 
それとも、
榎本武揚が、「開陽丸」を失わず、
箱館戦争で勝っていたら、
北海道は、「蝦夷共和国」となっていたのかも。
 
多少のボタンの掛け違いで、歴史は、世の中は
変わるモノなんですね。

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